3_赤木の写真
イベントの募集にあたり、今回は「番外編」として書いてみます。本企画《「抱っこ紐に次男、ベビーカーに長男」では無理ゲーなダンジョンの攻略方法》とは少し内容が脱線しておりますが、お付き合い願えれば幸いです。
【作品と仕事と】
第一章の冒頭で「世間的には写真家・フォトグラファー・カメラマンなどと呼ばれていて、作品を展示したり、お仕事として人から依頼を受けて撮影したりしています。」とご案内をしました。
私には作品としての写真と、お仕事としての写真があります。
まず、作品として展示している写真。
→私が自発的に撮りたいと思ったものごとしか撮らない・お金は発生したりしなかったりする・自分に対して責任がある・ほぼフィルムカメラで撮影して紙にプリントetc
次に、お仕事で撮る写真。
→誰かに依頼されて撮る・写真の対価でお金を払ってもらう・撮る写真のイメージが事前に決まっていることが多い・相手への責任がある・ほぼデジタルカメラで撮影してデータで納品etc
これは、あくまでも私の場合なのですが、なんとなく違いが伝わったでしょうか。
とはいえ「赤木さんの作品みたいな感じで全部お任せです!」とお仕事の撮影依頼が来る時もありますし、両方が混合している場合も多々あるのですが、「あなたのために撮る」「喜んでほしい」「希望に(期待に)応えたい」と明確な意思のもとに撮っているのが、私にとっての「お仕事の写真」です。
例えば、ケーキを美味しそうに撮ってほしいという依頼に対して、ケーキが載っているお皿がかわいいからといってお皿をアップで撮るとか、もはやケーキも写さず手前のフォークを撮るとかは当然NGなわけで、、、ケーキを撮るというルールの中で一番良い写真を提案するのが仕事です。そして、その力を持って適切に使えるのがプロのカメラマン(フォトグラファー)と呼ばれる人たちです。
逆に、作品として展示したり写真集を出したりもしている写真たちは、誰に頼まれたわけでもないので、そもそも何を撮っても(撮らなくても)よいという地点から始まっています。
何かに出会って自分の心が動いたり目が喜んだりして、相手から感じた美しさを残したいと思った瞬間シャッターを切り、結果反射のように写真が現れて、、、、、、美しさといっても人それぞれであり他の誰かが見ても何とも思わないかもしれない、でもそれでも構わないとはっきりと言えます。これが私にとっての「作品としての写真」です。
前述のケーキの話で言えば、ケーキを撮るのも撮らないのも自由、ただすべてを決めるのは自分ということで。誰かのためにではなく、自分のための写真もあってもよいし、ルールを自分で決めて作っていけるものです。
【写真ってなんでしょう】
私にとっての写真は「作品」でも「お仕事」でも、どちらもとても大切なものです。
これまで写真のおかげで、知らない場所に呼ばれ初めましての人々に会い、新しい世界を見ることができました。生きていくことが楽しくなって、好きな人が増えました。だから良い写真を撮って、写真を通して、ありがとう~!と返して伝えていきたいと思っています。
私はたまたま写真ですが、きっと音楽が好きなら音楽で表現したでしょうし、踊る人、料理の人、スポーツの人やお医者さんや学校の先生、営業マンや運送業の人も、、、仕事でも趣味でも「好きなこと」「得意だと思えること」「縁があって始めたこと」が自分の暮らしの中で続いているのではないでしょうか。
縁といえば、私が写真を撮るようになった要因のひとつに、両親の影響が大きくあります。
(このお話の続きは4章で)
赤木:小さい頃は虚弱体質だったので幼稚園にも半分程度しか行けず、静かで内向的な子どもでした。成長するにつれて健康になりお出かけできる場所も広がったことで、心身ともに自分が明るく変わっていく体感がありました。思うように自分の身体が元気でいてくれなかったので、行きたい場所に行けるというのはそもそもすごく幸せなことだなという感慨があります。
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